1結論:子どもにとってゲームは、ただの娯楽ではない
子どもが休日になるとずっとゲームをしている。
朝起きてゲームをする。
昼ごはんを食べたら、またゲームをする。
夕方になっても、友達とオンラインで遊んでいる。
親からすると、
「こんなにゲームばかりしていて大丈夫なのか」
と思うのは自然だ。
ただ、子どものゲーム問題を考えるとき、ゲームそのものだけを見ない方がいいと思う。
子どもは単にゲームが面白いからやっているとは限らない。
友達がやっているから、自分もやっている。
という要素がかなり大きいことがある。
学校で仲のいい友達が同じゲームをやっている。
放課後や休日になれば、オンラインで集まる。
翌日学校へ行けば、そのゲームの話をする。
こうなると、ゲームはただの娯楽ではなく、友達付き合いの一部になる。
だから親がゲームを禁止したつもりでも、子どもからすると、友達と遊ぶ場所まで取り上げられたように感じることがある。
2昔の「友達の家で遊ぶ」がオンラインへ移っただけかもしれない
親から見ると、子どもが一人で部屋にこもってゲームをしているように見える。
でも実際には、ヘッドセットをつけて友達数人と話しながら遊んでいることもある。
本人からすると、一人で遊んでいる感覚ではない。
友達と遊んでいる。
昔なら、放課後に誰かの家へ集まってゲームをしていた。
今はそれぞれ自宅にいながら、オンライン上で集まっている。
場所が変わっただけで、子どもにとっての役割はそれほど違わない場合もある。
だから、
「外で友達と遊んできなさい」
と言われても、本人からすると、
「今、友達と遊んでいるけど」
となる。
この感覚の違いを無視すると、親子の話が噛み合わなくなる。
3ゲームを持っていないことが、人間関係に影響することもある
子どもの頃は、共通の遊びが友人関係を作ることがある。
同じカードゲームを持っている。
同じ漫画を読んでいる。
同じスポーツをしている。
同じゲームをやっている。
こうした共通点があると、会話にも入りやすい。
特に仲のいい友達グループが一つのゲームを一緒にやっている場合、自分だけ参加できない状態が続けば、遊ぶ機会が減ることはあり得る。
もちろん、ゲームを持っていないだけで友達がいなくなるわけではない。
それでも、子どもの交友関係の中で重要な遊びになっているなら、親としては無視しない方がいい。
ゲーム機やソフトを買うことを、
単に娯楽へお金を使うこと
と考えるのではなく、
子どもの交友関係へ参加する手段を用意すること
と見る場面があってもいいと思う。
4「ゲームは禁止」は、人間関係までまとめて切ることがある
親がゲームを禁止する理由には、かなり理解できるものがある。
勉強しなくなるかもしれない。
睡眠時間が削られるかもしれない。
運動不足になるかもしれない。
休日を全部ゲームに使ってほしくない。
だから一定の管理は必要だと思う。
ただ、一律に、
「ゲームは禁止」
「平日は一切やらせない」
「休日も1時間だけ」
と決めると、ゲーム以外のものまで一緒に制限する可能性がある。
例えば仲のいい友達が毎週土曜の午後に一緒にゲームをしているなら、その時間は子どもにとって友達と遊ぶ約束でもある。
そこで一人だけ毎回参加できなければ、少なくとも遊ぶ機会は減る。
親はゲーム時間を削っているつもりでも、本人からすれば友達との時間を削られている。
だからルールを決める前に、
誰と、どんなふうに遊んでいるのか
くらいは聞いた方がいい。
5ただし、友達に合わせて生活まで壊す必要はない
では、友達がやっているなら何時間でもゲームを認めればいいのか。
それも違うと思う。
子ども同士の集団では、周囲の生活習慣に引っ張られることがある。
友達が夜遅くまでゲームをしている。
だから自分も残る。
休日は朝から友達がオンラインになっている。
だから自分もずっと接続する。
友達が新しいゲームを始めた。
だから自分も買ってほしい。
人間関係が関わると、「自分だけ抜ける」のが難しくなる。
だから親が教えたいのは、
友達と遊ぶことは大事。でも、友達と同じ生活をする必要まではない。
ということだと思う。
友達が深夜まで起きているからといって、睡眠時間まで合わせる必要はない。
友達が休日を全部ゲームに使っているからといって、自分まで全部合わせる必要もない。
友達付き合いを否定するのではなく、生活全体との境界線を作る。
6親が気になるのは、ゲームそのものより「休日全部ゲーム」ではないか
平日は学校がある。
部活がある。
宿題がある。
翌朝も早い。
だから、ある程度は自然にゲーム時間が制限される。
親が本当に不安になるのは、むしろ休日かもしれない。
予定が何もない。
朝から家にいる。
ずっとゲームをしている。
昼になっても外へ出ない。
午後もゲーム。
夜も友達とゲーム。
こういう姿を毎週見ていると、
「ゲームしかしていない」
と感じる。
でも、ここで問題なのはゲーム時間の長さそのものだけではないと思う。
ゲーム以外に何をしているのか。
こっちを見る方が重要だ。
7見るべきなのは「ゲーム以外の世界が残っているか」
休日に3時間ゲームをしていたとしても、
午前中は部活へ行った。
昼は家族で外出した。
帰宅して宿題をした。
夜に友達とゲームをした。
という一日なら、それほど不自然ではない。
一方で、
朝から晩までほとんど家にいて、ゲームと動画だけで一日が終わる。
それが毎週続く。
学校以外の人間関係もない。
運動もしない。
何かに挑戦することもない。
こうなると、少し気になる。
つまり、親が見るべきなのは、
「ゲームを何時間したか」ではなく、「ゲーム以外の世界が残っているか」
だと思う。
ゲームをしていても、生活の中に他の活動があるならいい。
問題は、ゲームが他の活動を全部押し出してしまうことだ。
8ゲームには「抜けづらさ」がある
友達とオンラインゲームをしていると、自分だけ途中で抜けるのが難しいことがある。
対戦の途中かもしれない。
チームを組んでいるかもしれない。
次の試合にも誘われる。
「もう一回やろう」と言われる。
本人も楽しいから続けたい。
こうなると、自分の意思だけで区切るのは意外と難しい。
特に子どものうちは、
「今日はここまで」
と自分で判断して離れることが簡単とは限らない。
だから、ゲーム時間の問題をすべて子どもの自制心に任せるのも違う。
親が外側から区切りを作る意味はある。
ただし、その区切りは、
「ゲームは悪いから終わり」
ではなく、
「このあと別の予定があるから終わり」
の方が自然になることも多い。
9習い事には「ゲームから抜ける理由」を作る価値もある
ここで、習い事の価値が出てくる。
習い事というと、
泳げるようになる。
英語が話せるようになる。
ピアノが弾けるようになる。
受験で有利になる。
といった能力開発の面が注目される。
でも、それだけではないと思う。
例えば休日の17時からサッカーがある。
友達とゲームをしていても、
「サッカーあるから抜けるわ」
で終われる。
塾がある。
「塾だからまたね」
で抜けられる。
家族で出かける予定がある。
それも自然な離脱理由になる。
つまり習い事や予定には、子ども本人が友達関係を壊さずにゲームから離れる大義名分を作るという価値もある。
これは結構大きいと思う。
10ゲーム以外のコミュニティを持つことにも意味がある
習い事には、もう一つ意味がある。
学校とは別の人間関係ができる。
例えば学校の友達がみんなゲーム好きだったとしても、サッカークラブでは別の友達と会う。
水泳へ行けば、また別の人がいる。
塾にも別のコミュニティがある。
こうすると、
学校の友達グループだけが自分の世界ではなくなる。
これはゲーム問題だけではなく、子どもの人間関係全体を考えても悪くない。
一つの集団でうまくいかなくても、別の居場所がある。
学校の流行に全部合わせなくても、他の場所では違う自分でいられる。
子どもが複数の所属先を持つことには、こうした価値もある。
11家庭の経済力によって「ゲーム以外の選択肢」は変わる
ここは少し難しい問題でもある。
ゲームは、娯楽として考えるとかなり安い。
ゲーム機やソフトを買う初期費用はかかるが、一度買えば何十時間、何百時間と遊べる。
YouTubeならほとんど無料だ。
一方で、
スポーツクラブへ通う。
楽器を習う。
塾へ行く。
旅行へ行く。
レジャー施設へ行く。
こうした活動には継続的にお金がかかる。
つまり家庭に余裕があるほど、子どもの休日にいろいろな選択肢を用意しやすい。
逆に家で過ごす時間が多く、追加でお金を使いにくい家庭では、ゲームや動画が非常に使いやすい娯楽になる。
だから、
「ゲームばかりしているのは本人の意思が弱いから」
とだけ考えるのは少し雑だ。
子どもに他の選択肢がどれくらい用意されているのか
も見た方がいい。
12ゲーム時間だけを管理しても、空いた時間は埋まらない
例えば親が、
「ゲームは1日2時間まで」
と決めたとする。
では、残りの時間を子どもは何に使うのか。
何も予定がなければ、
YouTubeを見る。
スマホを見る。
寝る。
暇だと文句を言う。
結局、別の受動的な娯楽へ移るだけかもしれない。
だからゲームを減らしたいなら、
ゲームを取り上げることより、ゲーム以外にやることを作る方が重要
になる。
友達と外で遊ぶ。
スポーツをする。
習い事へ行く。
家族で出かける。
何かを作る。
こうした選択肢があれば、ゲーム時間は自然に減る。
次の記事では、この「ゲームを制限するより、ゲーム以外の予定を作る」という考え方をもう少し具体的に考えたい。
13ゲームは悪ではない。でも生活の中心にする必要もない
ゲームを完全に悪者にする必要はないと思う。
楽しい。
友達と遊べる。
共通の話題になる。
考えたり、協力したりするゲームもある。
子どもの娯楽として普通に価値がある。
一方で、ゲームはかなり強い娯楽でもある。
何時間でも遊べる。
友達がいれば抜けにくい。
オンラインゲームなら終わりもない。
だから放っておけば、生活の中心になりやすい。
大事なのは、
ゲームを禁止することではなく、ゲームが生活のすべてにならないようにすること。
だと思う。
14親は「誰と何をしているのか」を見た方がいい
子どもがゲームをしていたら、
「何時間やったの」
だけを聞くのではなく、
「誰とやってるの」
「学校の友達?」
「みんなそのゲームやってるの?」
くらいを聞いてみてもいい。
それだけで、ゲームの意味が見えてくる。
一人で延々と遊んでいるのか。
友達との交流になっているのか。
学校で流行しているのか。
深夜まで付き合わされているのか。
同じゲームでも、状況によって意味はかなり違う。
だからゲーム問題は、プレイ時間だけでは判断しにくい。
その向こう側にある人間関係まで見る。
この視点が必要だと思う。
15結論:子どものゲーム問題は「ゲーム」より「友達」の問題かもしれない
子どもがゲームをする理由は、ゲームが面白いからだけではない。
友達がやっている。
友達と話したい。
一緒に遊びたい。
学校でもその話をしたい。
こうした人間関係がゲームを続ける理由になっていることがある。
だから親がゲームを禁止すると、単に娯楽を制限するだけではなく、子どもの友達付き合いまで制限することがある。
一方で、友達に合わせて生活全部をゲーム中心にする必要もない。
睡眠。
勉強。
運動。
家族との時間。
ゲーム以外の経験。
こうしたものまで消えているなら、環境を変えた方がいい。
そのときに必要なのは、ゲームを敵にすることではない。
ゲーム以外にも、子どもが行く場所、会う人、やることを作ること。
ゲームを制限するより、ゲーム以外の予定を作った方がいい。
その具体的な方法は、次の記事で考えたい。